第17話 時のメルヘン 『永い永い1日』
1日が以前の半分、12時間になっていた。
地球の自転速度が倍になったのに合わせ、なにもかもが2倍の速度で動いていた。幼児はハイハイをする前に1歳になり、ギネスの長寿記録は260歳を超えた。
羽を付ければ空を飛ぶスピードでバスやタクシーが街中を走る。急加速・急ハンドル・急ブレーキは当たり前。それのできない未熟な運転手や耐えられない古い車は、どんどんとお払い箱になった。救急車やパトカーや消防車はジェットエンジンを積み、地上を滑走する。
「さあ、急いでください、ドアが閉まります。早く早く!」駅では、アナウンスがけたたましく喚く。急発進したリニアモーター電車は次の駅で急停車した。降りる人乗る人が交差した次の瞬間にはドアが閉まりまた急発進する。どのドアも大抵一人二人の人間を挟んでいた。子供や年寄りは公共機関を利用しなくなった。うっかり転んでも誰一人として手を貸す者はいない。皆、自分のことで手一杯なのだ。
ほとんど仕事をする間もなく昼になる。昼飯をゆっくり食べている時間はない。
自然と、職住接近が受け入れられた。通勤時間が絶対的に不足したのだ。職場は生活の場となり、寝袋や簡易テントが飛ぶように売れた。どのビルの屋上にも洗濯物がはためいた。
家に帰るのは夫婦者か、余程の変わり者だけとなった。
物が売れなくなった。消費している時間がないのだ。サービス産業がローソクの火が消えるより早く衰退した。パチンコ屋が潰れ、ホテルや旅館が軒並み店を閉じた。旅行する者もいなくなり、航空業界も斜陽の一途を辿った。
一時期、情報は整理するまもなく垂れ流された。新聞や雑誌は作るそばから陳腐化し、やがてだれも見向きもしなくなった。ラジオは終日音楽を流し、テレビはエンドレスで景色や古い映画だけを映していた。
腹も空かないのに惰性で3度の食事をとるため、食糧不足が発生した。野菜や米などの生鮮食品は早稲品種が促成栽培され、なんとか需要に追いついてはいたが、これとても常時品薄だった。促成の効かない肉や魚類はとうに底をつき、誰の目にも見える恐慌が足音荒く迫っていた。
地球の自転にさらに加速が付いた。1日8時間では、狂気の沙汰だ。何よりも"寝不足"が人々を苦しめた。寝たかと思うと朝になる、仕事を始めたかと思うと夜になる。人間の耐えられる範囲をすでに超えている。
やがて、まる一日が仕事、次のまる一日が睡眠、翌々の丸一日が休息となったが体調を崩す者が続発し、精神科・神経科を問わず内科・外科・産婦人科どこであろうと人が溢れた。藁にもすがりたい人々は、宗教に、呪術に占いにと走り、神社仏閣は常に満員御礼だった。自殺者が急増し、『電車に飛び込むな!』『道路で死ぬな!』『死ぬなら海へ行け』『玄関前での自殺お断り』等の立て看板が乱立した。
物流が停まり、社会は完全な機能不全に陥った。
生きている人々は、ただ空を見上げていた。太陽が猛烈な勢いで東から西に走っていく。沈んだかと思うとまもなくして上がってくる。めまいのする速さだ。
以前から、各地で暴動が頻発していたが、武装警察と重武装の自衛隊に情け容赦もなく撃ち殺された。夜間は、人気のない街中を戦車と装甲車だけが我が物顔で闊歩していた。
餓死者が大量に発生した。遺体は積み上げられ、火焔放射器で焼かれブルドーザーで埋葬された。
1日が何時間になったのか、そんなことを気にする者はもうほとんど残っていなかった。
世の終わりが確実に迫っていた。雪や雹の翌日は50℃を越える炎熱、その翌日は大洪水を伴う大雨。竜巻・台風・強風・地震、まさに異常気象のオンパレードとなった。
音がするほどの速さで、地球がキリキリ舞をしていた。赤道上の海は遠心力でヒマラヤよりも高く膨れ上がり、反面、極地方の海は干上がり、ほとんどの大陸は陸続きとなった。
今は昔、遠き氷河時代、人類はこの地の底を歩き地球上にと広まっていったのだ。
突然、すべての動きが停まった。太陽が停止した。
ものはみな慣性の法則に従い、山も海も川も地表上のすべてが東に向かって跳んだ。極限にまで触れ上がった海は巨大津波となり、地球の急制動で奇麗さっぱりとなった地表を、性懲りもなく蹂躙した。水が干上がった跡には、見事に整地された大地が残された。
動くものとてない真っ平らな地表をジリジリと太陽が焼き尽くす。
新たな地球の永い永い昼と、永い永い夜がこうして始まった。
「以上が120万年前の新生地球の創生紀です。現在では痕跡すら残っていませんが、太古の地球には海も山も川も谷もあったのです。はい、きょうの授業はこれで終わります」教師は三次元プロジェクターのスイッチを切る。「また20時間後に会いましょう」
チャイムが鳴り、子供たちは蜘蛛の子を散らすように学校をあとにした。
見渡す限りどこまでも地平線の世界。どす黒く汚れた太陽は、まだ頭上に輝いている。
夜になるまで、あと36万8千7百59時間と49分28秒・・・27秒・・・。
第十六話心のメルヘン 『家族』
第十五話近未来のメルヘン『男と女』
第十四話地獄のメルヘン『天国に至る道』
第十三話SFメルヘン 『未完の宇宙』
第十二話『セラミック革命』
第十一話『不協和音』
第十話『−184℃』
第九話『フェヒナーの法則』
第八話『もう一つの顔、パート2』
第七話『常識のウソ』
第六話『もうひとつの顔』
第五話『複合民族国家』
第四話『古代文明への誘い』
第三話『翼のない天使』
第二話『狂気の価値』
第一話『タバコ飲みの効用』