第14話 地獄のメルヘン 『天国に至る道』

"三途の川"の渡し船が着いた。
乗り合い客は三人。呉服問屋『清玄』の店主"清治郎"とその番頭の"五作"、それに『清玄』への押し込み強盗を手引きした若い女"お京"だ。
"お京"は夜間に裏木戸を開けているところを"清治郎"と"五作"の二人に見つかり、尋問の最中に踏み込んだ"お京"の一味に斬り殺された。死に際に"清治郎"が懐から匕首を取り出し、腹いせにと"お京"の胸を刺した。それで渡し船の相乗りとなったわけだ。

"清治郎""五作"の二人は、渡し賃の六文を払うとさっさと降りた。振り返るでもなく二人はどんどん歩き出す。"お京"だけが取り残された。六文銭を持っていないのだ。
辺りは茫々として薄暗く、不気味な静けさを含んでいた。途方に暮れる"お京"に、渡し守の爺さんは遙か彼方、川下方向を指さした。"行け"と顎をしゃくる。そこは"清治郎""五作"の歩いていった方角とは違っていた。
渡し守に小腰を屈めると"お京"はゆっくりと歩き始めた。ゴロゴロとした石の多い場所に出たが、歩き憎いことこの上ない。微かな声が聞こえてきた。なにか小さなものがノロノロと動き回っている。子供のようだ。
"お京"にもかつて子供が一人いた。生活に困り、押し込み強盗の一味に入ったものの、足手まといになり始末した子だ。子殺し、間引きは、当時の世相だった。

唄が聞こえる。
「ひとつ積んでは母のため〜、ふたつ積んでは父のため〜」唄いながら、ひとつ二つと石を積み上げている。積み上がった頃、どこからともなく赤鬼と青鬼が現れた。立ち尽くす"お京"には目もくれず、積み上げたばかりの石を足で蹴って崩した。積み石を崩された幼子は、礼を言うように頭を下げるとまた黙々と積み始めた。
「なっ、なんてことをするんだぇ」思わず"お京"は叫んでいた。
ジロリと睨んだ赤鬼と青鬼だが、一言も言わずまた別の石を蹴った。
「やめろって言っているんだよ」"お京"が赤鬼にむしゃぶりついたとき、
「かあちゃん・・・」と幼い声が言った。
「おっ、おまえは!」驚愕のため、"お京"はその場にへたり込んだ。自分の手で首を絞めた我が子だったのだ。這いずりながら近づこうとした"お京"は、だが何ものかの手で後ろに戻された。恐ろしい力だ。再度、試みたが、またしても引き戻された。
「かあちゃん・・・」子がニッコリと微笑んだ。
「産んでくれて、ありがとね」

"お京"の中で何かが壊れた。
女一人、必死で生き抜いてきた礎が粉々に砕け散った。過去からの時が走馬燈となって流れ去り、滂沱の涙が堰を切って落ちていた。子に近づこうとする"お京"をなにものかの力は、今度は妨げなかった。
赤鬼と青鬼は、子の髪を撫でる"お京"を無言で眺め続けていた。

裁きの時が来た。
"お京"より先に"清治郎""五作"の両名が"閻魔大王"の前に跪いていた。
「よし、阿漕な商売をした報いじゃ、多くの者の痛みを知るがいい。"針の山"じゃ、引きたてい」閻魔大王の雷鳴のような声が轟き、鬼が二人の腕を掴んだ。
声もなく足を奮わせ立ち上る二人を"お京"はただ見つめていた。"お京"の心は平穏だった。これまでの罪を悔い、どのような仕置きをも甘んじて受け入れる覚悟ができていた。その心根は表情に現れ、自然と頭が垂れた。

「次、前に出い」大気が鳴り響いた。賽の河原で出会った赤鬼と青鬼が"お京"の両腕を取り閻魔大王の前に座らせると、二匹はそのまま閻魔大王の両脇に付いた。
閻魔大王の燃える瞳が"お京"を睨み付ける。
「おまえが"お京"か・・・針の山は痛いがおまえは耐えられるだろう」言いながら二匹の顔を盗み見た。二匹が軽くうなずく。
「血の池地獄も灼熱地獄も、おまえにはもう必要がない。な、そうだなおまえたち?」
二匹が代わる代わる大王の耳に何事か囁いた。
「そうか、おまえたちまでがそう言うのなら、間違いあるまい。よかろう、連れて行け」

二匹はしばらく無言で"お京"の腕を引いた。いずこへ連れて行かれるのか知らされてはいない。突然、青鬼が"お京"を見た。
「賽の河原で、おまえを子から引き離したのは大王様だ」
「そうだ、大王様は一部始終を見ておられた」赤鬼が引き継いだ。
心なしか二匹の口調が柔らかい。"お京"は無言でうなずいた。

血の池地獄や針の山はすでに後方に隠れた。灼熱地獄の赤々とした炎だけがおぼろに見える。前方に天に延びる巨大なものが見えてきた。階段だ。
階段の前で二匹は"お京"を放した。
「さあ、行くがいい」青鬼の真実優しい声音だ。
「おまえは資格を得た」赤鬼がそっと背を押しやった。

戸惑う"お京"の足が階段に掛かったとき、まろやかな声が湧いた。
「動きますから足下にお気をつけください。この階段は天国に直行いたします」


第十三話SFメルヘン 『未完の宇宙』
第十二話『セラミック革命』
第十一話『不協和音』
第十話『−184℃』
第九話『フェヒナーの法則』
第八話『もう一つの顔、パート2』
第七話『常識のウソ』
第六話『もうひとつの顔』
第五話『複合民族国家』
第四話『古代文明への誘い』
第三話『翼のない天使』
第二話『狂気の価値』
第一話『タバコ飲みの効用』