第三話『翼のない天使』

わたしは子供が5人いる。いや、正しくは6人・・・7人かな? 
だから、「ある日、突如、兄とか姉とか名乗る者が現れても驚いてはいけないよ」と子供たちには言って聞かせてある。一応は、親としての責任は果たしているのだ。

という前置きとはまったく関係なく、これより少々気の滅入る話をするが、どうかお気楽に。決してお涙頂戴物ではないことを約束する。

最初の女房が第5子の出産時、破壊された。
人間に対してその言いぐさはなかろう、とのお怒りの向きもあるだろうが、コンピューターが火を噴けば破壊と呼ぶのと同様、この女房の脳が大出血を起こしたのだ。
分娩室に産科医と脳外科医が入り、胎児だけは強引に娩出させた。
子供は産声を上げたが、母親の意識はすでになかった。

「どうします? 緊急に開頭手術の必要がありますが」
脳外科医がCT画像から目を離すとわたしを食い入るように見つめた。
「先生・・・開けなかったら、どうなりますか?」
わたし自身多少なりとも看護をかじるが、ここまでの重篤患者は初めてだ。
だが、開ければ100%後遺症は出る。開けなくても出る後遺症だが、リスクは少ない方が良い。わたしも画像を覗き込んだ。
「多分・・・今夜までですね。これだけの大量出血だと、開けても五分五分です」
右脳のほぼ全域に渡り出血している。開けて五分五分、しかも後遺症は必発、開けなければ間違いなく・・・命がない。
大きなため息が漏れる。わたしの心のどこかが叫ぶ。"このまま死なせてやれっ!"
胃の辺りに重く不気味なしこりが生じる。
緊急局面に置かれると、人間はむしろ冷静になれるものだ、とこのとき知った。
だが、非情には徹しきれず・・・開頭手術を頼んだ。

ほぼ予想通りに事態が進展した。
命はかろうじてこの世に留まったが、左半身の完全麻痺による歩行困難、感情失調、意欲減退。さらには持病の精神分裂病の併発。自宅療養は完璧に不可能となり施設入所。
すでに4子が手元にあり、乳幼児を抱え、その上施設入所の女房までわたしの肩に乗った。さらに、82歳の祖母が多発性骨髄腫(骨癌)、しかも末期で以前より長期入院しており、その祖母の世話をしながら、産まれたばかりの乳児を育てていたわたしの母が、疲労から狭心症の発作を起こした。これで都合3人、しかも別々の病院に入院となった。
母の入院は予期せぬものだったが、わたしには天を仰ぐ暇も、不遇を嘆く時間もなかった。感情の欠如した家事と育児と介護のロボットとなり、合間に仕事を細々と続けた。
上の子が9歳、以下7歳、5歳と続き、一番下が3歳だった。3歳児は夜毎「お母ちゃんに会いたいよう」と泣いた。ゼロ歳児は強引にわたしの妹に預けていた。

どのくらい続けたのだろうか・・・さすがに疲れ、時間感覚すら麻痺していた。
重い指で受話器を持ち上げる。「頼む、助けてくれないか・・・一人じゃダメだ」
初めての弱音をこのときに吐いた。

背中に翼はなかった。頭上にリングもなかった。だが看護婦の職を放り投げ、駆けつけてくれたのは真実の"白衣の天使"だった。
いきなり4人の子持ちになり、わたしの祖母と母とを順次看取り、そして葬式を出した。
合間に先妻の看護をし、身の回りの世話を焼いた。
3年経ち、ようやく籍を入れることが出来たが、それまで愚痴ひとつこぼさなかった。
やがて、自身も子供をひとり産んだ。お陰で長男が二人になり、わたしは子供の数が分からなくなった。

だから、頭が上がらないのだ。足を向けても寝られない。
夜中、わたしの腹にドンと太い足が乗ることがあるが、もちろん我慢している。
目の覚める美人でなかろうが多少足が太かろうが、女房は絶対に天使なのだ、と言い聞かせている。

・・・そう、これは"男はつらいよ物語"ではなく、純粋な"のろけ話"なんだ。
えっ、そうは読めないかい?


第二話『狂気の価値』