第九話『フェヒナーの法則』

『人間は間違える生き物なのだ』ということを、常に骨身にしみて意識しなければならないとわたしは考えている。

雷の大音響や太陽の直接光も、短時間ならわたしたちは耐えることが出来る。一方、蛍の光や蚊の羽音ですらキャッチできる。だが人工的なセンサーでこれほど広範囲な音圧差や光量差をカバーできるものがあるのだろうか?

自然界の生のエネルギーに対してわたしたちの身体がどのような反応を示すのか、との一連の実験結果から、次のような方程式が産まれた。
外部からのエネルギー刺激をR、それに対応する感覚をS、定数をKとすると、
       ΔS=K・ΔR/R
Δは各変化分だから、通常の微分形に直すと、
       dS/dR=K・1/R
となり、この微分方程式の解が、
       S=KlogR
となる。
この方程式は、わたしたちが自然界に対して設けた窓、すなわち"目""耳""皮膚"等の感覚知覚器官を表している。姿形としての耳や目を意味するのではなく、機構上の働きを示すのはもちろんだ。
この対数関数があるからこそ、冒頭に述べた蚊の羽音からその数千万倍にも至る雷の大音響までを網羅し、羽のように軽いものから体重以上のものまで扱い、蛍の淡い光から太陽光までも直接に見ることが出来る。

当然ながら、人間が作り出す様々な品は人間のために造られる。そして、人間がこの対数関数の変換器を使用している関係上、機械たちもまたその仕様に合致させられている。
わたしたちが"2倍の音量を得たい"と望めば、アンプは100倍の音量を作り出す。オーディオアンプの音量目盛りが対数で区分され、四苦八苦してdB【デシベル】を振り回すのもこの理由だ。

S=KlogR が、またエントロピー【熱力学第2法則】をも表しているのは興味深い。エントロピーが時間の経過と共に増加の方向に向く、簡単に例えると"どんなに整頓された部屋でも、時間が経てば散らかる"なのだが、このエントロピーの法則こそ、人類が持ち得た唯一真性な理論とされているものだ。
人間は歳を取ると耳が遠くなる、目が悪くなる、皮膚感覚が鈍り熱い風呂でも平気で入れる。生理学の分野にまでこのエントロピーの法則が適応できるのかは寡聞にして知らないが、単なる類推ではないのかも知れない。

この式が、今日、情報理論の基本的な概念となっているのは多くの方がご存じだ。電気・音響・種々の工学、物理学、さらには生理学までも網羅する勢いだ。
だが、この式を最初に発見したグループは、実は"心理学"だ。その心理学者の名前を取り、『フェヒナーの法則』とも呼ばれている。

さて、この"フェヒナーの法則"があるゆえにわたしたち人間は一つの型、パターンにはめ込まされているとも言えよう。
自然界の出来事は、一度 S=KlogR で変換を受けた後に情報として取り入れられる。一種のフィルターであり、一種の洗脳工作だろう。だが、ストレートな情報を提供しない、と新聞社を批判する人はいても、自らの耳や目に文句を言う人はまずいない。
取りも直さず、わたしたちは意識しない限り、正確な情報、正確な視点は持ち得ないとの証明にもなる。
人間は間違える生き物なのだ、と教えてくれている。

S=KlogR この式はわたしたちの生存の必要条件ではあるが、"陥穽"でもある。


第八話『もう一つの顔、パート2』