第五話『複合民族国家』

併走するパトカーの窓からマシンガンの銃口がこちらを向いた。
追い越したパトカーが路肩に止まり、こちらも仕方なく後ろに止めた。
マシンガンを手に小柄なマレー人ポリスが近づく。わたしはハンドルに頬杖を付いた。
「どこから来た?」訛りの強い耳障りなマレー語だ。
頬杖のまま、わたしは無言で後ろを指した。
「ふん、ならどこへ行く?」
フロント・ウィンドウ越しに前方を指した。
「あっちから来てこっちへ行くのか?」マレー語のトーンが上がり、マシンガンが左右に振られた。「そうだよ」わたしは低い声で応じた。

まあいいだろう、という顔がフロントのボンネットを開けるように命じた。
わたしは車を降りるとボンネットを開けた。リアエンジンのワーゲンだ、フロントにはスペアタイヤと燃料タンクしかない。
ポリスは中をろくに見ないで、今度はヘッドライトに銃口を移した。ライトを点けろと言いたいのだ。その次はブレーキ、その次はワイパー、どこかに不具合を見つけて難癖をつけたいポリスの魂胆など見え見えだ。
しわくちゃの5ドル札を、マシンガンと手の間に差し込んだ。
「なんだこれは?」ポリスが凄む。
「飯でも食べたら、おごるよ」
急にポリスの顔が崩れた。「そうかっ、すまんな、じゃ気を付けて行ってくれ」

連邦制をとるマレーシアでは、州の自治権が絶対だ。学校や公的機関の休日ですら州毎に異なる。当然のことに、州境は軍隊が厳重に警護し武器の持ち出しや禁輸製品の有無に目を光らせている。
と、表向きそうなってはいるが、実は"ゲリラ"の移動防止が最大の目的なのだ。
警察が重装甲車を持ち、パトカー乗務員がマシンガンを携行するのもそれが理由だ。

ペラ州からセランゴールへの峠を登りきった州境の検問所では、いつものように二人組が立っていた。いずれもライフルを携え、必ずどちらかの銃口がこちらを向く。ジャングルの奥の木の茂みにはトーチカが作られ、重機関銃の銃口が不気味に光る。
ボンネットを開け、室内を覗き込み、顔を確認すると「行けっ」と銃が振られた。
"今度だけは、さっきのパトカーのようにはいかないぞ"と内心覚悟していただけに、拍子抜けする。多分、ゲリラの活動が沈静化していることと大きく関係があるのだろう。

そう、問題はすべてゲリラにある。
以前、勤務先の大学の同僚から「なあ、ゲリラに入ろうかと思うんだが、どうだろう?」
と相談を受けた。わたしには皆目意味が分からない。
「どうだろうとは、どういうことだ? オレはゲリラの内情が良く分からないのだ」
同僚は肩をすくめた。「簡単なことさ、就職先のひとつ。あっちのが今よりも給料がいい」
まだ、わたしには理解が出来ない。
「ちょっと待て、じゃ共産ゲリラってのはなんだ? 政府に敵対する組織だろ?」
同僚はわたしのポケットから勝手にタバコを取り、一本抜いた。
「うん、そういうゲリラもある。だがそうじゃないのもあるのさ」
タイ・カンボジア辺りから流れてきた共産ゲリラは確かにいるが、それとは別にゲリラを職業とする連中もかなりいると同僚は説明する。
「だがな、ゲリラなら当然ジャングルポリスと撃ち合いになる。命が掛かるだろうに?」
わたしの質問を、女房も子供もいる同僚は笑いながら大きく手で払った。
「ないない、それは絶対にない。弾はな、両方とも空に向かって飛ぶんだよ」

異民族と異宗教の集合体、"複合民族国家"は決して一筋縄ではいかない。
民族間の確執や宗教を越えた"恐怖"だけが、人々をひとつにまとめ上げる。
ゲリラという名の人を驚かすお化けも、混沌とした世相の産物なのだ・・・。

ワーゲン前方に直径200bはある巨大なロータリーが見えてきた。
クアラルンプールは目と鼻の先だ。ロータリーに進入直前、ワーゲンの鼻面をかすめるよう幌を掛けた軍用トラックが割り込んだ。荷台の兵士が一斉にこちらを向く。
わたしは窓から手を伸ばすと、天を指した親指を下に向けた。 Go to hell!
兵士の白い歯が見えた。平和だ。


第四話『古代文明への誘い』